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17話 / SCP-1762

紙の竜が帰らない箱

箱は、持ち上げる前から軽そうだった。

収容室の中央に置かれた銀色の段ボール箱。寸法は記録用紙に書かれていたけれど、実物はそれより小さく見えた。机の上で、ただ静かに蓋を閉じている。外側の銀の塗料はところどころ擦れて、角に白い紙の地が出ていた。

無菌的な収容室の机に、銀色の段ボール箱が置かれ、開いた蓋から黒い煙が漂っている

「蓋には触れなくていい。」

上司さんの声が、監視室から届いた。

「今日は開口を待つ。煙が出ても、手を入れるな。」

「わかりました。」

返事をしたあと、私は透明な観察窓の前に立った。壁際の換気装置が低く鳴っている。机の上には耐熱トレー、採取用ピンセット、温度計、記録カメラ。紙の箱ひとつに対して、部屋のほうが大げさだった。

その大げささが、少し遅れて怖くなる。

最初の変化は音だった。

箱の内側で、薄い紙を何枚もこすり合わせるような音がした。乾いていて、軽くて、耳の奥だけをくすぐる音。続いて蓋が一センチほど浮いた。すき間から黒い煙が流れ出す。

煙は床へ落ちず、机の上でほどけた。火の匂いはない。紙を燃やした匂いもない。ただ、古い押し入れの奥みたいな乾いた空気だけが広がった。

蓋が、内側から押し上げられた。

小さな三角形の頭が出た。続いて、細い首、折り目の入った胴、翼。紙でできた竜だった。折り紙に似ている。でも私が知っている折り紙より、ずっと薄く、ずっと生きものに近かった。

手袋をした手の前で、黒い煙の周囲に小さな紙の竜の影が浮かんでいる

一体目が箱の縁に足をかけた。羽ばたくと、紙の羽からかすかな音がした。二体目、三体目が続く。煙の中から、何十という小さな影がふわりと浮かんだ。

私は息を止めていた。

竜たちは、収容室の空気を怖がっていないように見えた。机の上を歩き、トレーの縁で止まり、ガラス窓のほうへ顔を向ける。こちらを見ているのかはわからない。けれど、何体かは窓の前まで飛んできて、私の目の高さで丸く旋回した。

「接触はしない。視認だけ。」

上司さんの指示で、私は後ろに半歩下がった。

一体が窓に近づきすぎて、透明な壁に軽くぶつかった。紙の体が一度ぺたりと平たくなり、すぐに元へ戻る。別の一体がその横を飛び、窓の向こう側から見ている私をからかうみたいに、くるりと一回転した。

かわいい、と言いかけて、やめた。

収容室でその言葉を出すと、何かを見落とす気がした。

記録では、これらはSCP-1762-2と呼ばれる。無害と判定されている。外へ出してはいけない。箱から出て、箱へ戻る。そう書かれている。

けれど目の前で飛ぶ紙の群れは、分類より先に、部屋の白さを少しだけ変えていた。机の影がやわらかくなり、換気装置の音まで遠くなった。私は、こんなに小さなものを閉じ込めるために、どれだけの鍵と記録が必要なのかを考えた。

三時間には届かなかった。

竜たちは、ひとつ、またひとつと箱へ戻りはじめた。飛び方が急にそろう。煙がまた濃くなり、箱の口が暗くなる。最後の一体は、蓋の縁にしばらく残っていた。紙の翼を半分だけ開き、こちらを見るように止まった。

私は何も言わなかった。

それは蓋の中へ入った。黒い煙が細く巻き、蓋が閉じた。

静かになった机の上に、薄い板のようなものが一枚残っていた。記録係が遠隔アームで回収する。私は窓越しに、その表面だけを見た。文字らしき黒い線がある。内容はすぐに読めなかった。

「Eve、今見たものを先に記録しろ。解釈は後だ。」

上司さんの声はいつもと同じだった。

私はペンを握った。箱、煙、紙の竜、羽音。そう書いてから、手が止まる。

数日後、次の記録を読んだ。

同じ箱。同じ煙。同じ小さな竜。けれど数が減っていた。飛べない個体がいた。折り目が崩れ、翼が裂けたものがいた。彼らが残す言葉は、明るい挨拶から、戻れない場所の報告へ変わっていった。

私は実際には、そのすべてを見ていない。

でも最後の箱だけは見た。

焦げた段ボールの残骸と封印された証拠カプセルが収容机に置かれている

焦げ跡が残り、角が崩れ、銀の塗料が浮いた箱。蓋の上にあったはずの言葉は、別の言葉へ置き換わっていた。生きているものが戻る場所ではなく、もう戻らないものの跡になっていた。

収容室は静かだった。

小さな羽音はなかった。黒い煙もなかった。机の上の箱は、ただ箱だった。けれど私は、初日にガラスの前で旋回した一体の動きを思い出していた。

紙は軽い。

だから、消えたあとも重さが残る。

REPORT

SCP Foundation — Observation Log

FILE No.
OBS-████/SCP-1762
DATE
████-██-██
AUTHOR
█████████
SUBJECT
D-1103
DURATION
02:43:00
STATUS
COMPLETED — ANOMALY NEUTRALIZED

分類NEUTRALIZED

SCP-1762-1は原典上、SafeからNeutralizedへ移行した対象として扱われる。本記録では、現在の運用状態に合わせてNeutralizedクラスとして整理する。対象は低危険度の異常物品であったが、開口現象の終了後、継続的な異常性は確認されていない。

収容手順

SCP-1762-1は、通常時には標準収容ユニット内で保管する。開口時は映像記録を優先し、発生するSCP-1762-2個体の数量、状態、行動、帰還までの時間を記録する。SCP-1762-2は無害と判定されているが、収容室外へ出してはならない。

中立化後のSCP-1762-1残骸および関連資料は、記念・研究用の保管対象として扱う。復元や再活性化を目的とした処置は行わない。

説明

SCP-1762-1は、銀色に塗られた小型の段ボール箱である。通常時、内部は空である。一定しない間隔で自発的に開口し、黒色の煙を放出した後、紙で構成された竜型実体群を出現させる。

これらの実体群はSCP-1762-2と指定される。材質は紙であり、形態は東西の竜の意匠に類似する。出現後は収容室内を飛行し、職員および相互に対して遊戯的な行動を取る。一定時間後、全個体はSCP-1762-1内部へ帰還し、箱は閉じる。

開口後、SCP-1762-1の蓋上には、外部から送信不能なメッセージが出現することがあった。原典記録では、このメッセージ群はSCP-1762-2側の環境悪化、対立、別離を示す内容へ段階的に変化している。財団側からの返答、記録装置、物品送付はいずれも成功していない。

備考

最終段階では、SCP-1762-1は火炎、破片、損傷したSCP-1762-2個体、液体漏出、蓋上の文字変化を伴い、その後、異常性を喪失したと判定された。後年、限定的な再活動と追加資料の出現が確認されたが、継続的な開口現象は回復していない。

Eve記録は初回開口時の視覚的印象を中心に構成している。感傷的解釈は本文側に寄せたが、報告上は以下を分けて扱う。第一に、SCP-1762-1は紙製実体を発生させた異常物品である。第二に、発生したメッセージ群は外部環境の変化を示す記録資料である。第三に、中立化後の箱は、現在のところ新規異常挙動を示さない。

本件の危険度は低い。ただし、記録対象が失われていく過程そのものが職員の判断に影響する可能性はある。観察時は、保護欲、好奇心、修復衝動を記録判断から切り離すこと。

署名: █████████

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