第13話 / SCP-1689
口を上にした袋
袋は、口を上にして置かれていた。
鉄の台の中央。太い麻布。縄で締めた跡。床には土も泥もなく、ただ数個のじゃがいもだけが転がっている。収容室というより、誰かが買い物の途中で置き忘れた荷物に見えた。
「倒すな」
上司さんの声が、ガラス越しに落ちてきた。
「中を確認します」
「手順どおりに。袋は台から動かすな」
私は黒い手袋の指先で、縄を少しだけ緩めた。麻布は乾いていて、古い倉庫の匂いがした。口が開く。そこに、暗さがあった。
袋の底が見えなかった。

最初は影だと思った。照明の角度が悪いだけだと。けれど検査灯を近づけると、光は麻袋の内側で止まらず、下へ下へ滑っていった。じゃがいもが積まれている。ひとつ、ふたつ、数十、数百。袋の外側は私の膝ほどの高さしかないのに、内側だけが倉庫の地下みたいに深い。
息を吸うと、土の匂いがした。
収容室の空気ではない。もっと湿っている。土を掘ったあとの、冷えた根の匂い。私は袋の縁を強く握った。布は普通の厚さで、指の下で少しだけ潰れる。
「落とすな」
「落ちません。覗いているだけです」
「覗きすぎるな」
その言い方で、私は身を引いた。

検査棒を入れる。先端の小さなライトが、じゃがいもの山の隙間を進んだ。表面はどれも同じではない。丸いもの、細長いもの、芽の出かけたもの。画面に映る距離感だけがおかしい。小さな袋の中で、光はまだ奥へ行こうとしていた。
私は記録用紙に、袋の寸法を書いた。外見上の容量。重量の目安。中に見えるじゃがいもの量。数字を並べるほど、数字同士が噛み合わなくなる。
「普通の袋ではありません」
「分類上はSafeだ」
「安全、ですか」
「危険がないという意味ではない。手順を守れば管理できる、という意味だ」
私はもう一度、袋の口を見た。
ただの食料に見えるものが、どこか別の場所へつながっている。しかもその場所は、空っぽではない。増えている。静かに、急がず、こちらの都合と関係なく。
収容違反の音はしない。
叫び声も、警報もない。
ただ、麻布の内側で、ありえない量のじゃがいもが待っている。

私は縄を結び直した。口は上を向いたまま。袋は倒さない。台から動かさない。記録だけを残す。
「上司さん」
「何だ」
「これ、食料として扱われたことがあるんですか」
返事まで、少しだけ間があった。
「ある」
それだけだった。
私はペンを止めた。袋の側面は、さっきより少し膨らんで見えた。たぶん照明のせいだ。そう書けるなら、どれだけ楽だろうと思った。
SCP Foundation — Observation Log
- FILE No.
- OBS-████/SCP-1689
- DATE
- ████-██-██
- AUTHOR
- █████████
- SUBJECT
- D-1103
- DURATION
- 00:11:00
- STATUS
- COMPLETED — OBJECT STABLE
【分類】SAFE
SCP-1689はSafeクラスとして扱う。対象は外見上、通常の麻製じゃがいも袋に近い。異常性は袋内部の容量、内部空間の拡張、ならびに内容物の増加にある。現時点では、対象を所定姿勢で保管し、開口部への接触と探査を制限することで管理可能である。
【収容手順】
対象は専用保管室内の金属台に固定し、開口部を上向きにした状態で保管する。対象を倒す、反転させる、強く圧迫する、または内容物を大量に除去する行為は禁止する。開封および内部確認は担当者の許可を得た場合に限る。
内部探査を行う場合、器具は回収可能な長さと構造に限定する。人員の身体を袋内部へ入れてはならない。内容物の採取は最小限とし、採取量、重量、採取後の袋外観、内部映像を記録する。
【説明】
SCP-1689は、じゃがいもで満たされた袋として発見された異常物品である。外側の寸法と重量は通常の袋として扱える範囲に見えるが、内部には外観から推定される容量を大きく超える空間が存在する。
内部空間には大量のじゃがいもが存在し、通常の袋内部として説明できない距離と奥行きが確認されている。内容物は時間経過により増加する傾向がある。増加機構、内部空間の終端、袋外部との物理的接続条件は未確定である。
【備考】
Eveの観察記録では、開口部からの目視と検査灯により、袋の外形と一致しない深さが確認された。対象は見た目の穏当さに反して、空間異常として扱うべきである。食料源としての利用可能性は、収容上の判断を鈍らせるため、本報告では副次的事項とする。
対象を「便利な袋」として運用しないこと。記録上の重点は、内容物の味や利用価値ではなく、増加速度、内部空間の安定性、姿勢変化時の挙動に置く。