PORTAL

12話 / SCP-458

空腹を覚えている箱

食堂の端に、その箱は置かれていた。

白いトレーの返却口、熱い水の音、誰かの笑い声。いつもの施設より少しだけ人間らしい匂いがする場所で、赤い模様の紙箱だけが、妙にきれいなままテーブルの中央にあった。

「触れて、開けろ」

上司さんは昼食の列から離れた場所でそう言った。

「中身は?」

「お前が確認する」

箱は軽かった。空の段ボールを持ち上げるときの、頼りない硬さが指に残る。油染みはない。焦げたチーズの匂いもない。ただ、ふたの端に触れた瞬間、紙の内側で何かが温まる気配がした。

職員食堂のテーブルで、白い手袋の手が何も書かれていない紙箱へ近づく

私は手を止めた。

何かがいる音ではない。機械が動く音でもない。けれど、箱の底で熱だけが先に生まれている。誰かがこちらの空腹を聞き取って、返事のかわりに火を入れたみたいだった。

「続けろ」

上司さんの声は短い。

私はふたを開けた。

湯気が上がった。薄い生地に、焦げ目のついたチーズ。端のほうにだけ多い黒オリーブ。真ん中には、私が誰にも言ったことのない量のバジルが散っていた。食堂のざわめきが少し遠くなる。

開いた紙箱の中で、湯気を上げるピザだけが無機質な照明に照らされている

好きなものを出されたからではない。

好きだと知られていたことが、先に怖かった。

箱の中身は、できたてのピザだった。熱でチーズがゆっくり伸び、紙の内側に香りがこもっている。見た目はただの昼食に近い。危険物の輪郭をしていない。警告灯も鳴らない。職員の何人かは、こちらをちらりと見ただけで、すぐ自分の席へ戻った。

この施設では、怖いものほど静かに置かれていることがある。

私は一切れを持ち上げた。食べろとは言われていない。味覚の確認は別の担当者が行う、と事前説明にはあった。私は具材、温度、香り、箱の重さを記録する。ひとつ書くたびに、腹の奥が返事をする。

「好みを口にしたか」

「していません」

「そのまま記録しろ」

私は頷いた。

対象は、人間の手が触れることで内部にピザを生成する。生成される種類は、接触者の好みに沿う。意識して選んだ注文ではなく、本人の中にある嗜好に近い。具材は食べられるものに限られる。

書きながら、指先に紙箱の温度が移っていく。

優しい異常、という言い方をしたくなった。けれど、そう書く前にペンを止めた。優しいものがこちらを見ていないとは限らない。箱は目を持たない。口もない。それでも、私の空腹と、言葉にしていない記憶の端を、先に知っていた。

監視ガラス越しに、顔の見えない上司の影が紙箱を観察している

上司さんはテーブルに近づかなかった。

「食堂で管理されている理由は、利便性ですか」

「利便性と、誤解だ」

「誤解」

「役に立つものは、安全に見える」

私は箱のふたを閉じた。熱はすぐに消えなかった。段ボールの内側で、まだ昼食の匂いが残っている。

目の前にあるのは、ただのピザ箱だった。

ただし、私より先に、私の好きな味を知っている。

REPORT

SCP Foundation — Observation Log

FILE No.
OBS-████/SCP-458
DATE
████-██-██
AUTHOR
█████████
SUBJECT
D-1103
DURATION
00:08:00
STATUS
COMPLETED — FOOD GENERATED

分類SAFE

SCP-458はSafeクラスとして扱う。対象は通常時、敵対行動を示さず、人的接触により食用ピザを生成する。収容難度は低いが、生成機構と嗜好判定の詳細は未解明である。

収容手順

対象はSite-17内の職員食堂で保管する。通常利用に大きな制限は設けない。ただし、長時間占有、業務時間中の反復利用、未承認の交差試験は禁止する。対象から生成された食品は、担当者が必要に応じて記録し、異常な具材、体調変化、対象外食品の生成が確認された場合は利用を停止する。

対象そのものの破壊、分解、恒久的な改造を試みてはならない。過去の試験では、通常手段による損壊は成立していない。

説明

SCP-458は大型のピザ箱に見える異常物品である。人間の手が接触し、箱を開いた場合、内部に接触者の嗜好に沿ったピザが即時生成される。生成内容はソース、チーズ、生地、具材の選択に及び、特定店舗や既存商品の範囲に限定されない。

対象はピザ以外の食品を生成しない。また、具材は通常の人間が食用可能な範囲に制限されると見られる。対象が接触者の好みを判定する機構は不明であり、限定的なテレパシーまたは共感性に近い作用が推定される。

備考

Eveの観察記録では、本人が事前に申告していない嗜好に沿った生成結果が確認された。対象の利用により職員の士気が向上する一方、過度な利用や業務停滞の報告がある。対象を福利厚生設備としてのみ扱うことは推奨しない。

本件の危険性は、食品生成そのものよりも、個人の嗜好情報を対象が取得または推定している点にある。以後の記録では、生成物の味よりも、接触条件、申告内容との差異、利用後の行動変化を優先して記録すること。

署名: █████████

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